ある一日
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「某月某日」 AM5時20分 起床 本日のスケジュールは PM4時から、ジェットストリームのナレーション録り。 その後 PM9時から、ドラマ「働きマン」のロケーション。 昨日、三ヶ月に亘って撮影していた映画のクランク・アップで 何はともあれ、一本の仕事が終わった後というのは密かな充実 感がある。 そのせいで、いつもより一寸多めに芋焼酎をきこしめしてしま い、そのわりには早く目が覚めてしまうというのは、歳のせい だろうか。 目覚めの一服と煙草に火を点け、窓を開けたら、すごく寒い。 まだ暗い。 寒い、という現実から、あるものを連想する。 「寒いといえば・・・寒しじみ」 市場のO君に電話する。 「しじみ、いいのはいってる?」 「宍道湖のがありますよ」 「いいねえ、3キロ取っといてくれる、あさりは、さすがに小 さいよね」 「ええ、千葉は駄目だけど、愛知産のが、まあまあかな」 「じゃあ、それも2キロ。あとで取りに行きます」 商売の方々で込み合うこの時間は避けるほうが無難だ。 しかも、寒いし、暗い。 ベッドに入ったまま寝覚めの読書。
AM7時30分 0X市場 定期的に、あさり、しじみを買いに行くIM商店。 店先には、新鮮な魚介類が並んでいる。殻牡蠣、ミル貝などの 貝類は勿論、金目鯛、鯖、平目・・・すべて欲しい、すべて食 べたい、イカの美しいことといったら、塩辛作るか・・・いや 時間が無い、おおカレイだ、一夜干しだな、天気もいいし、い や冷凍庫の余白が無い、我慢、我慢。 無念の想いで、愛知産のあさりと大和しじみを購入。 さて、何故、大量にあさり、しじみを買うのか。 それは、この一点に尽きるからであります。 冷凍保存が出来るから。 便利ですよ。味噌汁の具に困った時は、冷凍庫からしじみを一 掴み取り出して鍋にぶち込めばいいんですから。今日はイタ飯 にすっかとなれば、あさりは、パスタ、パエリアの強い味方で ござんしょう。 しかし、ただ冷凍庫に入れればいいわけではありません。 強い味方のO君から伝授されたコツを披露しちゃいましょう。 「しじみ」 ネットに入ってるのを(あるいは発砲スチロールの器に)買っ てきたら、念のために砂抜きを。例えば大和しじみなら、宍道 湖の底の泥や藻や砂を吐かせる。 しじみを平らに並べ、塩水を入れて、涼しい場所に6時間置い ておく。 塩水の割合は、水1リットルに対して10グラムの塩。つまり 水の量の1パーセントの塩。今回は3キロのしじみに2リット ルの水と20グラムの塩という按配です。 砂抜きしたしじみを、よく洗います。 まさか洗剤など使わねえだろうな。 でもって、バットなどの平らな容器にしじみを並べます。この 時、しじみが上に重ならないようにするのが肝心なんだそうで す、なんでだか。 容器の上にラップして、冷凍庫に入れます。 でもって、しじみが凍ったら(丸1日あれば)再び取り出し、 今度はジッパーが付いてる冷凍用の袋の中にしじみをドサドサ っと入れて、冷凍庫へ。 「あさり」 大抵、砂抜きして売ってます。してなかったら、しじみとは塩 分の量が違うので買った店で聞いて下さい。 あとは、しじみとまったく同じ要領で冷凍庫へ。 あさりは特に上に重ならないようにしないと、口がやや開いた 状態で凍ってしまう。これは見た目に悪い。
その砂抜きの下ごしらえを終えて、原稿チェツクのため自室に こもる。 一本の原稿に約10分かけて読み込むので、2週間分なら20 本、3時間20分。 終わると同時に、人間だもの空腹をおぼえる。 さて昼飯は何にするか。 冷凍庫を覗く。スペースを少しでも空けておかないと。
AM11時50分 昼飯 娘がパリから暫く帰ってくるというんで取り寄せた、宮島神社 に近い旅館「石庭」のあなご寿司を冷凍庫から出して、蒸し器 で蒸す。 これ旨いんです。ひとつずつ笹の葉に包んであり、二種類あっ て、赤い飯は黒米、白飯はもち米、中にあなごと椎茸が入って いて、笹の香りが効いていて・・・。ここのあなご飯も美味し いが、冷凍出来ないのです。 味噌汁はもちろん「しじみ汁」肝臓が喜ぶ。 電話が入る。頼んでおいた鞄の修理が出来たとの知らせ。 スタジオに入る前に、寄ってピックアップする事に。
PM2時40分 青山のショップ。 旅行用のトランクで一番気に入っているのが、ここで扱ってい る鞄。 名前が長ったらしいので覚えにくい。 グローブ・トロッター。 初めてこのスーツケースを手に入れたのは、20数年前。ロン ドンのコンラン・ショップで発見。おもわず清水の舞台から飛 び降りてしまい、2個購入。 以来、この鞄で海外旅行を繰り返し、今や歴戦のつわものの風 格あり。 その後、もう少し小型のが欲しい、長期滞在用に大型のものを 、機内に持ち込めるやつが便利だと、手持ちが増えていった。 その中で一番最後に買い求めた鞄の鍵の部分が壊れてしまい、 一年の保障期間内に修理に出したのだ。 この店で扱ってる物の中で「これ、欲しい」というものがあっ た。 マッキントッシュのコート。 結構値が張るので、どうするか迷っていたところに、千万一隅 の機会が。 イギリス行きの仕事が入ったのだ。本場で買える。 一緒に同行することになったマネージャーの慎の字に 「イギリス、あれだろ、スコットランドだろ、それって帰りは ロンドンから乗るはずだから、ロンドン市内を回る時間はあ るよな、と言うか一軒だけ寄りたい店があるんだよ、バーリ ントン・アーケードの中にマッキントッシュを扱ってる店が ある、そこでコートを買いたい。慎の字も買えよ。一生もん だぞ、丈夫で長持ちのコートだぞ、絶好のチャンスだぞ」 「・・・・いいですね。じゃあ、ボクも買おうかな」 「絶対買ったほうがいいよ、孫の代まで使えるぞ」 という話になって、さあイギリス、行きました。バーリントン ・アーケードのショップで実物のコートを手に取りました。と ころが、なんと 「あれ、日本と値段変わらねえじやん。つーか、日本より高け ーじゃん」 「本当ですね、同じもんですか」 「同じ、同じ、品番も同じ、色も同じ、サイズも同じ。ここで 買っても意味ねえじゃん。なんだ、これ」 「本当、なんだこれですね」 「しかも慎の字の体型じゃ、袖と丈を詰めないと駄目だしな」 「でも、いいですね、これ」 「東京で買おう、青山に売ってる店があるからそこで買おう」 と言う事があり 東京に戻って、この店で件のコートを二人で買い求めたという 経緯があった。 慎の字は、体型に合わせてお直しをして貰いご満悦であった。 俺の方は、なぜかその時横に居た奥様が 「私も一枚買おうかしら、細身のってなかなか無いのよ」 の一言で、余分な散財をする羽目になったのだが。
PM3時45分 虎ノ門のスタジオ ここは不便な事に駐車場が無い。近くのパーキングを探す事に なる。 余裕を持っていかないと酷い目にあう。 入り時間の15分前に着いたのに付近のPが全て満車で、10 分遅刻する羽目になった事もある。 この日は、首都高速の渋谷辺りで事故っていて、青山への到着 が大幅に遅れ、本来なら早めに虎ノ門に着いて、近くの喫茶店 に腰を落ち着け、旨いコーヒーを飲みながら、本日の原稿に目 を通したいところであったが、その余裕はなくなり 「しょうがねえ、スタジオのミルク入れて誤魔化さなきゃのコ ーヒーで我慢すっか」 と、併設されたロビーに直行した。 お好きなだけお飲みくださいの無料コーヒーを紙コップに入れ て飲んでいると、ディレクターが前の仕事が押していて30分 遅れるそうですとADが言う。そこへ他のスタジオでの収録を 控えた出演者がぞろぞろ入って来た。ロビーの椅子の3分の2 はその方々で埋まり、業界話に花が咲いて騒がしい。 「だったらスタバでコーヒー飲む時間あったじゃねーか」 と心の中で愚痴を言いつつ、落ち着かない気分で原稿に目を通 す俺。
Uディレクター到着。 原稿の音読み、訓読み、誤字、脱字、アクセント、などをチェ ックしてからスタジオに入るのだが、けつかっちん(次の仕事 が控えてるので収録予定時間を越えることは出来ない)だし、 周りは騒がしいしで、 「録り始めましょう、原稿、その都度チェックで・・・」 と、第二スタジオに移動。 本番。 下読みを充分してあるので、予定より早めに終了。 「お疲れ様でした」 出しがあるため駈け付けていた慎の字とスタジオを出る。 「今、何時だ」 「7時5分ですね」 「軽く何か腹に入れておこう。向こうの現場、巻いてないんだ ろ(予定より早まる事)」 「8時半入りで変わらないです、ロケ現場が9時からしか撮影 許可が出てないらしいです」 「じゃあ終わりは12時回るってえ事もありうるな」 時間貸し駐車場で車に乗り込み、出庫。 駐車料金 1750円。精算。何か損した気分。 青山墓地下方面に向かう。 「ラーメンでいいか?結構旨いの食わせる店があるんだ」 「私はなんでも・・・なに系ですか?」 「さっぱり系、台湾系かな、焦がしネギが隠し味ってえやつ」 「へえ、いいですね」
目的地に着いて駐車しようと探すが、空いてるスペースが見当 たらない。もう少し先にあるかなとウロウロしていると、後ろ から来たタクシーがクラクションを鳴らしやがる。狭い道で避 けられず、そのまま直進する。 「今、何時だ」 「7時25分ですね」 「早いけど現場に直行して、近くで探そう、赤坂だよな」 と、ロケ現場に向かう。
PM7時40分 テレビドラマ収録ロケ地 実際は8時半入りなので、50分の余裕がある。 「カレーもいいな、いや、やっぱりラーメンだな、赤坂か・・ 味噌なら、あそこだ、久し振りに覗いてみるか」 何年振りかの赤坂界隈。その変貌振りに驚く。 ほう、こんな所にオイスター・バーが出来たのか。 へー、こんな店あったかなあ。 あれ、何処だっけ、確かこの辺のはずなんだけどなあ・・・。 目当ての店が見つからない。 おかしいな・・あれえ・・・・・おお、ここだ、ここだ、何だ よ、周りの店が全部変わっちゃったぞ、あらっ隣りにラーメン 屋が出来てる。 人間の心理とは面白いものである。 お気に入りの老舗のラーメン店と新店舗のラーメン店が並んで いる。目当ては、行きつけの店の味噌ラーメンなのだが、隣り の店も旨そうだ。どおするどおする。 表に出ているメニューを眺めながら、迷う。 「こっちだったら、慎の字何食う、俺は塩にするかな」 「ボクは、味噌ラーメンがいいです」 「味噌な、そうなんだよ、味噌だよな、でも味噌なら、あっち の店の方が絶対旨いんだけどな・・・I(店の名前)は、量 が多いからなあ、よし、ここ入ろう、時間がもったいない」 慎の字は、迷わず味噌ラーメンを注文し、俺は、やや迷って味 噌ラーメンを。 やがて運ばれてきたラーメンを見て、不吉な予感が。 ドンブリに入った大きな海苔に、白い文字がびっしり書き込ま れているのだ。 まさか体に毒なものを使ってはいないだろうが、海苔が可哀想 だ、不味そうだ。これは、味のほうも余り期待しないほうが。 「ズルズルズル、ごくん、はふふぁふ、ズルズル、ごくん、は ふう・・・・・・・・ごちそうさまあ」 表に出た俺は、隣りの店、Iの厨房に立ち込める湯気を横目に 見ながら思った。 初心貫徹すべきだった。浮気をすると碌なことにならない。 店からもらった次回餃子一人前サービス券を慎の字に手渡し、 俺は歩を早めた。さあ、仕事だ。急がないと遅刻だ。
PM8時35分 ロケ現場 路上に止めてあるロケバスに飛び込む。 ここで衣装に着替えて、メイクをする。 控え室が取れない場合は、このような破目になる。 もし、路上に大型のバスが止まっていて、窓にカーテンが閉め てあったら、中で女優さんが着替えている最中かもしれない。 ところで、 数年前、アメリカのアクション・スターが主役という映画を東 京で撮影したことがあった。 撮影現場には常に超大型バスが止まっていた。主役専用のバス である。ここまでは驚くに当たらない。ハリウッド映画では メインの出演者に個室のトレーラーが付くのは当たり前である からして。だが、その専用バス、使われた形跡が無い。いつ見 ても運転手が暇そうにぼーっと座っているだけだ。 何日か様子を見ていたが、件のスターがそのバスに居たことは 一度も無い。ピカピカ新車超大型バスの周りには、出演者が数 十人、寒風に身を縮めて足踏みしているというのに。 何故だ、何故なんだ。 事情を聞いて、唖然としてしまった。 スター様は、ロケ現場に来ると、その場所にもっとも近い高級 ホテルのスイート・ルームを控え室にして、そこにお入りにな るというのである。 じゃあ、このバスはいらねえだろう。 と、貧乏人根性の俺としては、夕飯が海苔入り味噌ラーメンの 俺としては、声を大にしてそう言いたくなってしまった。 まあ、人は人、己は己である。 というわけで、ロケバスの中。 後方部の座席の間にバス・マットを敷いて設えた簡易衣装部屋 で着替えているといった状況に戻る。 「寒いね、さすが夜ともなると・・・」 「現場は風が強いらしいですよ、下着、一応用意してあります けど、着ますか」 「おお助かるな、インした頃は暑くてスーツなんか着たくなか ったのにね、早いねえ月日が流れるのは」 着替え終わって、メイクをしてもらい、準備万端。 「リハーサル開始します」の声。 バスを出た途端、寒風が吹きつける。 ・・・うおー、きついなこれは、じじシャツ用意してもらって 助かったぞ、ひえー。 撮るシーンを一度ざっとおさらいする。つまりリハーサル。 監督以下スタッフが、効率を考えて撮り順を決める。 スタジオで収録する場合は、マルチといって、数台のカメラを 同時に回して、シーンの頭から終わりまでを一気に撮るのだが ロケでは一台のカメラ、稀に二台のカメラで、シーンを割って 撮るので、段取り良くやらないと時間を食う。 結構長いシーンなので、カット数も多い。 俺の出番はシーンの途中から登場するので、だいぶ先になるだ ろうと、長年の経験から予測する。 「くうー寒いな、慎の字、出番まで1時間はあると思う。俺 、車の中で待機してるから」 と、我が愛車に飛び込む。 CDのスイッチを入れる。 ビートルズの「ストロベリー・フィールズ」が流れる。 路上に止めてあるので、すぐ脇を人々が行きかうのが見える。 さすがにこの時間帯だ。殆どの通行人が、熱燗、ワイン、芋焼 酎とともに夕食を終えて店を出てきたところであろう。 タクシーを捕まえ上司を送り込んでいるグループ。腕を組んで 歩くルンルン気分のカップル。雄たけびを上げてひたすら盛り 上がっている若者達。 嬉しそうである。楽しそうである。 というか、俺も酒が飲みたい。 曲が「ペニー・レイン」に変わる。 終わって、車ぶっ飛ばして帰ったとしても真夜中。ゆっくり一 杯飲る時間じゃあない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 コンコン。 窓ガラスを叩く音で眼が覚める。 いつの間に寝てしまったのか。慎の字の丸い顔がすぐ目の前に あった。 「そろそろ出番です、お願いします」 それから数カット、テスト、本番を繰り返し、11時40分。 撮影終了。おつかれさまでした。 急いでメイクを落とし、私服に着替える。 「おつかれさん、良かったね、12時前に終わって」 「まだ終わってないですよ、もうワン・シーン、青山に移動し て撮影があるんです、イブさんは終わりですけど」 「ええ、大変だな・・・・ま、頑張って」 「おつかれさまでしたー」 衣装さんとメイクさんの元気?な声に送られてバスを出る。 「お、慎の字、おつかれさん、電車まだあるのか、何処かで 落っことそうか?」 「大丈夫です、お疲れ様でした、これ、ADさんから、夜食 だそうです。気をつけて帰って下さい」 「じゃあな」
AM0時1分 首都高速道路で自宅に向かう。 車の流れは空いている。 今日も、一日が終わった。 隣りの座席の上で、おつな寿司の包みがゆれている。 都会の明かりで見る事はできないが、空には満点の星が輝い ているだろう。
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Date: 2007/11/24(土)
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