地球の裏側・その1
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死ぬまでに行っておきたかった場所があった。 南米ペルーのマチュピチュ遺跡。 世界遺産でも人気ランキング・No.1。 それはともかく、マチュピチュの通過点の街・クスコ(世界遺産)は標高3310メートル。その周りに点在する遺跡は石段を登って見学するものばかりだ。 体力のあるうちに行っておきたい。 そう決心して、遂に南米に向かったのだ。
ペルーと聞くと、マチュピチュやナスカの地上絵、そして治安が悪そうだけど大丈夫か、というものではないだろうか。 私の場合、第一の心配は高山病であった。 煙草スパスパ酒ガンガンの人なのである。 旅行会社の人から高山病対策のレクチャーを受けた。 その中に、酒は控える事、初めの2・3日は飲まないのが望ましい。煙草は空気が薄い所では吸っても美味しくない。 何か行く前からもの凄いプレッシャーをかけられた。 だが行きたい、去年行く予定だったのに、豚インフルエンザで頓挫した悔しさもある。行くぞ!
デルタ航空280便は、約13時間のフライトで中継地アトランタに無事到着。 ここで思いがけない嬉しい事が。 アメリカの飛行場に、なんと喫煙スペースがあったのだ。ペルーの首都リマに向かう乗り継ぎのEゲート13番近くに、そして9番のバーの隣に。
乗り継ぎ便デルタ航空151便は、夜中の11時にリマに到着した。 日本時間のままの腕時計は1時、昼飯時である。 表に出ると、こんな時間にもかかわらず送迎の人々やタクシーの客引きでごった返していた。 「どうもよろしくお願いいたします」 なかなか上手い日本語で男が近づいて来た。 「ミゲルです…車、向こうにあります、あ、荷物ワタシ持ちます」 「その前に煙草吸わしてよ」 「あ、どうぞどうぞ」 今回の旅は、日本語を話せるガイドとドライバー付きの車を手配してもらった。 駐車場に止めてあった大型のワゴン車でホテルに向かう。 「ミゲルさん、日本語上手だね」 「ワタシ、6年間日本にいました。18の時に行きまして…とてもいい人たちにめぐまれまして…きびしかったですけれど、みんなかわいがってくれました」 ガイドのミゲルは、肉体労働者として日本に行き、最初は乱暴な言葉を覚えたが、現場の親方に俺というのは使うなと何度も注意された。その後、日本人の彼女が出来て女言葉になった。まだまだです。という男で、ペルーに帰国してからガイドの職を得たらしい。 「ペルーは治安はどうなの」 「大丈夫です。場所によります、暗い道、夜のひとり歩き、あぶないです。でも、最近です、あぶない犯罪ふえた。つい最近も拳銃使った強盗事件あります。昔はなかった」 ペルーの経済状況も聞いてみた。初任給、あるいは道路清掃の仕事で月額2万円。ミゲルは、3人の子持ちで、6万円は欲しいと言う。 「はい、もうすぐホテルつきます」 「おっ、スターバックスがある」 「でも高い。コーヒー7ドル、ディナーのセットメニューより高い。ペルー人の食事、いちばんは量が多い、次に安い、そして旨い、これ条件です、はっはっはっ…はい着きました」
カントリークラブ・リマ・ホテル。 夜霧の中に3階建てのコロニアルな白い建物が浮かび上がっている。正面入り口の手前に巨大なシュロの樹が2本。趣のある佇まいだ。 とはいえ真夜中だ。早くシャワーを浴びて、横になりたい。 ここで問題が起きた。ホテル入り口の横とホールの外にあるベランダ以外全館禁煙だと言うのだ。 冗談じゃない。最初に決めたマリオットとかなんとかいうホテルが全館禁煙なので、ここに替えたのに。2泊するんだぞ。たかがペルーの分際で、ふざけるな。 しかし、真夜中である。悲しい気持ちで諦める。 「ベランダ付いてます、ナイショで、コッソリ」 ミゲルが小声で言う。さすがは日本の職人社会で揉まれただけのことはある。 「OK、明日もよろしく…お休み」 「はい、明日、午後から市内観光。ゆっくり休んでください。お休みなさい」 リマ初日。3階角部屋のテラスで、夜霧に包まれながら悠然と煙草を燻らし、ベッドに入る。明後日は高地クスコに飛ぶ。煙草が吸えるのも今のうちかもしれない。そのせいか、無性に煙草に固執している。
ペルー 2日目 7時15分 朝食を食べに下に降りる。我が妻マリコさんは朝風呂。今回の旅は二人旅である。某旅行会社に手配を頼んだ。 二人旅のツアー名は「サンクチュアリロッジに泊まるマチュピチュ・クスコ・チチカカ湖周遊15日間」 ちなみにマリコさんは朝食は食べない人である。 1階のレストランで230号室と告げ、オープンテラスに席を取る。灰皿が置いてある。よしよし。 ウェイターにフレッシュオレンジジュース・ノーシュガーとカフェ・コン・レチェを頼む。 スペイン統治の過去の名残りで、コーヒーを頼むと温めたミルクも一緒に持ってくる。ジュースが滅法美味い。 一服。 白人客が数組いる。 ジャケットを着ているのは俺だけだ。気を使い過ぎたかな。いや、日本人としてこのくらいのたしなみは…。 バイキングのコーナーに行き、ざっと一回りして、スイカ・パパイヤ・パイナップルのスライスと青リンゴ一個だけを選ぶ。昼飯に期待して軽めにする。 リンゴはマリコさんへのお土産。
昼前にミゲルが迎えに来て市内観光。 まず、今日は休館だが特別に開けてくれるという「天野博物館」へ。 ここが白眉だった。 プレ・インカからインカまでの土器と織物の収集が素晴らしい。 ボランティアで働いている若い職員の説明ガイドも分かりやすく、大変結構。 売り上げが博物館の維持に繋がるというのを聞いて、マリコさんはインカの塩を大量購入した。 旅は始まったばかりだぞ。いきなり荷物増やしてどうするんだと心の中で非難する。
昼飯は海に突き出た老舗の海上レストラン。窓の外で海鳥が飛び交っている。 初めてのペルー料理だ。 ガイドのミゲルも同席してメニューを説明してくれるので楽だ。 で、オーダーしたのは ・ヒラメのセビッチェ ・シーフードのスープ ・イカスミのリゾット ・シーフードのリゾット それにペルー産の白ワイン。マリコさんはガスなしのミネラルウォーター。 ペルーワインがなかなか美味い。日本に入って来てるのかな。3種類しか造ってないらしい。 明日から山岳地帯に入るので、新鮮な魚をたらふく堪能する。 「ペルー人、生の魚食べません」 「だけどセビッチェはどう見ても刺身だろう」 「レモン沢山しぼってかけたから生魚ではないと考えます」 「……。」
空を見上げると、かなりの数のハングライダーが飛んでいる。裕福層の趣味らしい。 崖の上には泊まる予定だったマリオットホテルや高級マンションが立ち並んでいる。 「立派なマンションが随分あるな」 「どんな人住んでるか、わかりますか。…ほとんど一人暮らしの女。金持ちのめかけ、議員のめかけです。海が見える部屋、家賃は10万」 再び市内観光。 車で旧市街の街並みを見て回る。リマの街も世界遺産に認定されている。
ミゲルは実によく喋る。 道々聞いた話。 日本は夏だが南半球のペルーは冬。この時期のリマは毎日霧がかかったような天候で青空の見える日は少ない。 ペルーの夏は暑い。でも冷房に慣れていないので、デパートに入って皆風邪をひく。湿度が高いのですごく蒸し暑い。 夏になると男はみんな洗車しに行く。女の子がTシャツとミニスカートで洗ってくれる店が沢山ある。男は離れた椅子に座って眺めるだけだが、水に濡れて肌が透けて見えるし、わざとお尻を見せるように洗ってくれたり、すごく人気がある。 あ、この辺りは夜になると女が立っています。売春街、そおいう女はすぐわかります。ここ、国立大学、環境悪いところにありますね。はっはっはっ。
ここは楽器屋街。左右みんな楽器屋、ペルーの特徴は一ヶ所に同じ物を売る店が集まってる。靴屋街、両替商。 「フジモリ元大統領はペルーではどういう評価されているのかな」 「良いところ悪いところある。いろいろ良いこと沢山した。でも、周りの取り巻きが悪かった。おもに軍関係。敵の国に武器を横流しして、その金を懐に入れた、ものすごい金額。信じられないですよ。ですから、そのころの取り巻きは、別荘買ったり、さっきの海が見えるマンション買ってめかけに与えたり。フジモリさん、関係してないと国民に言いましたが、大統領で知らないわけないでしょ。今、その時の関係者全員刑務所に入っています。」 しかし、ペルーでは今でもワイロの世界。医者もワイロ、交通違反もワイロ。
その時、何も喋らないドライバーが突然「ウォー」と叫んだ。 今、南米のチームが得点入れました。 そうか。今まさに、ワールドカップの真っ最中だった。で、当然サッカーの話題に。 南米は強い国が沢山あるために、代表に選ばれない。ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイなど。 でも、ペルーで初めて、世界チャンピオン出ました。ボクシング、女の世界チャンピオン。強いです、何度も防衛してる、顔もいい。今日、試合があります。相手がすごく強いから負けるかも…だけど、大事な試合なのに、テレビで中継しない。 サッカーばかり中継する。82年から代表に出てないのにサッカーばかり。 ペルーはバレーボールも世界レベルです、女子ですけど。でも、バレーボールの中継しない。サッカーばかり。 そう、ペルーの女性は強いです、はっはっはっ。しかし政治家は男性ばかり。 女性差別ですね。ですからペルーは女性警官を増やそうとしています。 「マラドーナは今でも人気があるの」 ペルーでは、神です。麻薬はやりましたけど、神です。はい、ここで降ります。中央広場歩いて見学します。
リマの中心・中央広場。 ここにもスペインの影響が色濃く出ている。ペルーはどんな小さな町も中央広場があり、堂々とした教会が聳え建ち、噴水が備えてある。庶民の憩いの場だ。
この日は特設会場が設置され、コカ・コーラの巨大なアドバルーンが置かれていた。ワールドカップの中継を大スクリーンで映して盛り上がろうというわけだ。 広場にはペルー人、観光客、物売りで賑わっている。
「ミゲル、人混みは疲れる、ホテルに戻ろう」 「もう一ヶ所、ホテル行く途中の綺麗な場所に行きましょう」 案内されたのは、海沿いにある「恋人たちの公園」 確かに海を見下ろす丘からの眺めは素晴らしい。 「このベンチ、なんかガウディぽいな」 「そう、ガウディ意識して造りました。この男女がキスしてる銅像の前で写真を撮ると別れないというので、結婚式挙げたら最後にここで記念撮影、この下に行きましょう、何でもあります」」 階段をおりると、一大ショッピングモールが広がっていた。これがペルーとは信じられないほど明るく近代的でモダンな店が軒を連ねていた。 「アルパカのセーター、この中に私のおすすめの店、デザインのいい店あります」 で結局、その店でベビーアルパカの帽子を買ってしまった。 とりあえずホテルに戻る。
「夕食は日本食レストランをと聞いてましたから予約して、何時にしますか…7時いいですか。では、6時45分にホテルのロビーで待っています」 2時間ほど部屋で寛ぐ。 夕食は日本食。 ひや奴・大根の煮物・わかめサラダ・鯛の味噌汁・タコの刺身。それに、穴子2貫サヨリ2貫鮪の赤身2貫を握ってもらう。 えっ、何でいきなり日本食を食いに行くのか。 若いうちはともかく、バターやチーズを使った重たい食事は、きついんだよ。まして明日から6日間は日本食にありつけない事がわかっている状況ですから。 日本レストラン「紀ろう」期待以上の店でありました。
こうして、ペルーの旅の始まり、リマの日程が終わった。
明日はクスコに飛び、高度を下げてヤナワラの谷周辺に2泊して体を慣らし、いよいよマチュピチュに向かう。 最後に、もっともカルチャーショックだった事。
もし貴方が、トイレに入ってウンコをしたとする。立派な水洗便所です。トイレットペーパーもあります。ウンコを優しく拭きました。さて、その拭いた紙を便器に流してはいけないのです。 貴方ならどうする。貴方ならどうする。
答えは次回。
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Date: 2010/07/14(水)
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