アンダルシアの土産
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旅先で、これぞという物を見つけたい。 それに出会った時の喜びは大きい。 見るたび、使うたびに、その時の旅がよみがえる。
インドでは、ヒンズーの坊さんが被っていた帽子。 染みだらけの帽子を頂いて、 同じデザインで何点か仕立てて、 街中を被って歩いている。 被る度にラジャスタンの風が吹く。
タイ国のチェンマイで出会ったのは、 細かく編み込まれた蓋付きの籠。 ダイニングの電話機の横に置かれている。
カンボジアのクメールの草木染め織物は、 冬になるとマフラーとして登場する。
今回の旅で出会った物は、木の鉢。 樫の木を刳り貫いて作ってある鉢はずしりと重い。 百年以上前のもので、風格が感じられる。 見つけた場所は、 スペインのアンダルシア地方にある ミハスという小さな村。
この村が、実に素敵なところだった。 山の斜面に点在する「白い村」 海岸線から内陸に入って行くと、 突然、一塊の白い村落が出現する。 雨の少ないアンダルシアの褐色の大地、 緑といえば、 葡萄、オリーブ、コルクの木々、 そして青い空が延々と続く風景。 そこに忽然と現れた白い塊は、 感動するほど美しい。
2007年8月上旬。 ある旅番組のロケ先のひとつが このミハスという村だった。
ここで、テレビの旅番組というものについて・・・。 あの木の鉢は何に使う物なのかは、お楽しみに。
今年は夏に入って、三本の旅番組が決まっていた。 年頭からドラマ、映画が続いていて 「夏になったらバカンスを兼ねて何かいい企画の旅番 組があると、俺としては嬉しいんだけどな」 などとほざいていたら、 何と、立て続けにぽんぽんと決まってしまったのだ。
一本目は、すでに放送された、 長寿番組「遠くへ行きたい」初出演。 四国は徳島県阿南市にある小さな漁港の町、 椿泊に3泊4日の短期ロケ。 スタッフも監督、カメラマン、 いずれも何本ものシリーズを手掛けている熟練で、 おまけに夜は殆どロケが無いため、 チーム一丸和気藹々の楽しい旅でありました。 ロケ先の椿泊の人々も人柄がまことに良く、 一年前に出会った人達とも、 懐かしく再会を果たし、 来て良かったとしみじみ実感した旅でもありました。 「サブタイトルが 〜伊武雅刀のぼくの夏休み〜なんだから 歩き回るだけじゃなく、 本を読んでるとか昼寝してる カットも撮ってほしいけどな」 という注文をひとつ付けただけでした。 一年前、椿泊を中心にロケした映画も、 この秋、公開されるとか。
二本目が、今回の旅番組。 まだ放送前なので詳しい事は公開出来ないが (8月の末にオン・エアーされるらしい) スペインのアンダルシアをドライブしながら、 風光明媚な場所を紹介していく、 といった番組である。 スケジュールは7月31日から8月8日まで。 それに某ファッション雑誌の取材を マドリッドで2日間プラスした。
20年振りのスペイン。 出発寸前までドキドキワクワクしていた。
アンダルシアといえば、 スペインでも太陽が燦燦と降りそそぐ、 まさに情熱の国を代表するような地域だ。 今の時期は、ヨーロッパ中から バカンスをもとめて大勢の人々が集まり、 陽気に騒いでいるだろう。
しかし、そこは仕事で行く旅。 そんな甘いもんやおまへんにゃー というスケジュールが私を待っていた。 マドリッドからグラナダまで、 飛行機の移動かと思いきや、 車で移動するのだ。 機材の関係でということらしいが (という事は俺も機材の一部か、はっはっはっ) 移動時間6時間、途中休憩と昼飯に 高速道路脇のガソリンスタンドに寄り、 併設されたドライブインレストランで不味い飯を食い、 強烈な暑さにうんざりしながらグラナダにたどり着く。 初日の事だから、まだ元気さはあるものの、 こういう疲れはあとで ボディブロウのように効いてくるのだ。 その日はさすがに撮影は無く、 荷物を紐解き、湯船に浸かり、 さあ飯だと出かける仕度をしていると 「夕飯は8時40分にロビー集合で近くのレストラン に行きます。5分前になったらまた電話します」 と、慎の字(俺のマネージャー)から連絡が入る。 陽の長いスペイン。レストランが開くのは9時から。 ぶらりと街に繰り出すも、夕方の日差しが特に強く、 茹だるような暑さに閉口して早々と部屋に戻る。
二日目は早朝よりアルハンブラ宮殿にてロケ。 観光客が入場する前に撮影しちゃおうという魂胆。 誰も居ない宮殿を観られるのは、旅番組の役得だ。 移動して、公園でオープニングのコメント撮り。 「20年前、私は、このスペインの アンダルシア地方のある小さな村に、 40日間滞在していました。 その時は仕事だったために、 コスタ・デル・ソルの素敵な町々を巡る事が 出来なかったんです。今回はそれらの町を 訪ねたいと思います。楽しみです」 などというコメントを喋り、 アラブ人の土産物屋が軒を並べる一角で撮影して、 「今日はこの後、実景撮りに行きますので、 伊武さんは夕景狙いでアルハンブラ宮殿が 見える丘での撮影まで待機ということで、 よろしくお願いします。」 と言われて撮影班と別れたものの、 夕景狙いって、9時半過ぎなきゃ 日が暮れないだろう。 撮影あるのに、冷たいビール という訳にもいかんだろう。 冷えた白ワインなどもっての外だろう、 と蛇の生殺し状態の憂き目に遭い、 酒も飲めないんじゃ飯食っても 楽しめんだろうと夕食を我慢して、 レストランに飛び込んだのが 日もとっぷり暮れた10時半。 それも不味い中華料理屋で、 がっくりと不貞寝する。
三日目。アンダルシアの海岸地方へ移動。 まずはネルハという小さな街。 海岸で漁師の焼く×××を食べる。 移動。街の歩きを撮影。移動。 マルベーリャという高級リゾート地のビーチで撮影。 移動。 そして やっと、あの木の鉢を見つけた 「ミハス」という白い村に辿り着いたのであります。 さて、あの木の鉢は何に使う物なのか。 その前に、もう少し撮影の話を。 この村では、ある家庭を訪問する事になっていた。 約束の時間は、夕方の6時。 それまでの1時間の間に村の歩きを撮りたい撮影班。 狙いは、白い村に光と影が織り成す コントラストある映像。 しかし、空は曇り、陽が射してこない。 待ちになる。 村の中をぶらぶら歩いてみる。 ここは、結構有名な観光地らしく、 安物の焼き物や皮製品を売る店が何軒も並んでいる。 それらを興味なく物色していると、 ふと、一軒の店のショーウインドーに目が止まった。 そこに飾られた一枚の青い皿。 その青に魅せられた。 「これ買う、絶対買う」 ところがその店はまだ開いてなかった。 スペインの風習、長いシエスタのせいで PM6時オープンなのだ。 「うーむ、あと30分か」 そこへスタッフが駆けつけて来た。 「今日は光が悪いので、明日、 歩きのシーンを撮ることにしました。 ですから早めにお宅訪問の撮影をします。 村の奥の方に入るんで歩いて移動します」 「明日、何時ごろ、ここに来るの」 「光の関係で、おそらく昼前には」 店の開店時間を確認する。よし、開いている。
白い村の奥まったところにある一軒の白い家。 ここまで入り込むと 観光地の雑踏は嘘のように静かだ。 日本の家のように、小さく一軒を独立させて それぞれ好き勝手な建物や壁の色に比べ、 全ての家が白い壁で統一された平屋建てで、 隣りの家との境は壁一枚。 一軒の家の面積はとても小さい。 それらの家並みを眺めているだけで、 粛然とした気持ちになる。 清々しいと思う。強い意志が感じられる。 壁の厚みに驚く。30センチはあるだろう。 その厚みが猛烈な日差しをブロックする。 さらに白く塗った壁が太陽光線をはじき返す。 木製の扉が開かれていて、 戸口ににこやかに微笑んだ老人が立っていた。 この家のご主人だ。 中に通される。涼しい。 奥に小さな庭があり、風が通る。 京都の町やの造りに似ている。 入り口のすぐ脇にある居間に ご近所の老人たちが椅子に腰掛けていた。 世間話の最中にお邪魔したらしい。 奥にある右側の小部屋に案内される。 食堂兼夫婦団欒の場所だという。 座ってご夫婦との会話がはずむ。 印象に残った話としては、 村中の各家が、毎年、 自分達の手で白い壁を塗りなおす。 隣り近所同士が、とても仲が良い。 太陽が昇ると起きて、日が暮れると眠る。 幸せな日々だ。 排気ガスにまみれ、 都会の騒音に煩わしさを覚える我が身としては、 なんとも羨ましい環境だ。 幸せなご夫婦に会えただけでも、 この仕事を選んだ甲斐があった。
さて、いよいよ木の鉢だ。 翌日、再びミハスを訪れ、 撮影班が実景を撮っている間に、 あの青い皿が飾ってあった店に飛び込む。 大皿を二枚買う。 世界五大陶器のひとつとされる焼釜のものらしい。 その大胆なデザインと深い青が、 ピカソにも影響を与えた、らしい。 なかなか趣味の良い店で、 アンティークな小物が沢山 所狭しと飾られてある。 ふと、床に転がっている木製の鉢が目に留まった。 持ってみるとずしりと重い。 しげしげ見ていると、 店の主人が近寄ってきて スペイン語で何やら喋っている。 その中に何度も出て来る単語があった。 「ガスパッチョ」 ガスパチョ?あのアンダルシア名物の ガスパチョ・スープのことか。 この旅でもすでに3回は飲んでいる。 「*+&#%$*ガスパッチョ+*%&##$ツーハ ンドレットイヤズアゴー%*##$*ガスパッチョ」 「え、なんだ、ガスパチョはボーノ、あ、ボーノはイ タリア語か。200年前からガスパチョ?」 「シーシー、%&##$*#+ガスパッチョ*%%#」 「あん・???????」 そこへ実景を撮りに行っていた撮影班が戻って来た。 コーディネーターのT氏に通訳してもらったところ、 昔はその器でガスパチョを作って飲んでいた。 200年は経っている古い鉢だ、 ということが判明した。 それで、こんな古びた器が85ユーロもするんだ。 もう作ってないから希少価値があると言う事か。 「買う。俺はこれを買うために この旅を選んだのかもしれない。 きっとそうに違いない。」
この木の鉢は、日本に戻って、 我が妻にもあたたかく迎えられ、 これまでそうめんを入れて氷を浮かべた。 豆腐を冷奴にして氷を浮かべた。 きゅうりと紫蘇の冷たい味噌汁を入れて 氷を浮かべた。 と、結構な活躍をしている。 ガスパチョは残念ながらまだ登場していない。
しかし 旅の出会いとは面白いもので、 この木の鉢には、旅の後半でもう一度出くわす。 しかも、おいしいガスパチョのレシピまで付いて。
マドリッドに戻り、雑誌の取材班と 合流した途端に天国が待っていた。 これは二日間の間お世話になった コーディネーターのM氏の存在が大きい。 2000キロ以上にも及ぶ車の移動と オリーブオイルで疲れた胃袋。 「まずは旨い日本食が激しく食いたい。」 と、M氏に案内された店が大正解の店だった。 餃子をたのみ、写真撮影があるので 小さなグラス1杯のビールで乾杯。 まぐろとうなぎを握りで一貫づつ。 自家製麺が旨いというので締めは冷やし中華。 撮影が終わり、 「お土産は何か買いましたか、 イベリコ豚の生ハムは喜ばれますよ、 あとはおいしい山羊のチーズがあります。」 M氏の助言に一行深く頷き、市場の隣りの肉屋へ。 「何種類か味見させてもらいましょう、 その中で決めたほうが安心できるでしょう。」 一行激しく頷きあい試食して、 それぞれ決めると、 「真空パックしてもらいますから 後で夕方にでも取りに来ましょう。」 夕飯は何がいいですか」 こうなって来ると俺の悪い癖で、俄然わがままになる。 肉が食べたい方々もおられるだろうが何だろうが 「美味しい野菜料理と美味しいパエリヤかな」 「わかりました。マドリッドで 一番のパエリヤを食べに行きましょう。 お疲れでしょうから、 それまで部屋でシエスタということで」 打てば響くとはこの事だ。 その夜のパエリアが絶品だった。 とくに、初めてお目にかかった、パエリア用の ショートパスタを使ったイカ墨のパスタのパエリア。 このパスタは絶対買って帰りたい、と言ったら 「明日、家から持って来ますよ。 ところで、明日はトレドを観光したいという オーダーでしたが、 あまりにも観光地でお勧めできません。 そこで*****へお連れしたいと思います。 日本から来た観光客はまず行かないと思います。 ガイドブックにも載ってないんじゃないかな。 素敵なところですよ」 我々一行総勢7名、この時も深く頷いた。
そこは素晴らしい村だった。 今回の旅の中で、もっとも気に入った場所だった。 その村に入った途端,シシリア島で行った ニューシネマパラダイスのロケ地の村が蘇った。 歩いていて、なぜか沖縄の竹富島を重い浮かべた。 ふたつとも大好きな場所だ。 小さな村のわりには、ショップの数が多い。 しかも洗練されたものを置いている店が多い。 観光地にありがちの チープなものを売っている店が一軒もない。 ある店に入った途端 あのガスパチョの木の鉢が目に飛び込んで来た。 なんだか嬉しくなる出会いである。 もう一度、いつかここに戻ってこよう。 その時、この鉢が売れ残っていたら・・・。
その後、帰宅した私の元に、一通のメールが届いた。 それはスペインでお世話になったM氏からの便りで、 文末には「おいしいガスパチョの作り方」のレシピが 丁寧に綴られていた。
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Date: 2007/08/21(火)
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