沖縄  その1

沖縄だ。

美ら島。俺の大好きな沖縄。
めんそーれ・沖縄。なのに・・・・・

台風だ。

民宿「マルコポーロ」8号室の我が部屋の窓に
雨風が叩きつけている。南国の木々が激しく揺れている。
どこにも出かけられない。

朝飯を食べ、部屋に戻ったが、何もやることがない。
ぼーっとベットに寝転がっている。
階下の食堂兼リビング・ルームから、3秒に一回
「キャハハ・・・キョハハハ・・ミャハハハアハ」という
若い娘たちの笑い声が聞こえてくる。
娘さん達ゃー団体でいると、何故あんなに笑えるんだろう。

「納豆だ・・なんか付いてる」
「タレじゃない」
「うそっ。ほんとだ、アオノリいり」

   三人笑う。

「はじめて見た、楽しみ」
「楽しめー」

   三人笑う。

「あっ、ゴーヤだ」
「ほんと、嬉しいーっ」
「えー、ゴーヤ・・・ちょう苦くない」

   三人笑う。

「おいしいよね、ゴーヤ・・・」
「ビール、飲む?」
「朝から?きゃははは」
「だって・・・台風だし、ははは」
「ビーチ、行ってみる?」
「雨だしーははははは」
「よしっ、うめぼしなめて落ち着くか」
「落ち着くんだ」

    三人笑う。


俺には、何が可笑しいのか、理解できない。
箸が転がっても笑う。という表現がある。それを、この島では
落ち葉が落ちても笑う。と言うそうだ。

それにしても、この台風直撃の中を、よく辿り着いた。
沖縄・那覇空港から、車で2時間あまり北へ走って
「沖縄美ら島水族館」に近い本部港から
船に乗って30分・・・の伊江島。

おだやかな島時間に抱かれながら、自然と対話する
夕日とロマンのフラワー・アイランド
(パンフレットより抜粋)

俺は今、いつか来たかった伊江島にいる。
窓外のさらに激しさを増した暴風雨をぼんやりと眺めている。
死ぬ思いをして、この島に辿り着いた。
初めて神に祈った。
初めて我が家族に感謝し、今こうして生きていることの
ありがたさを実感した。
振り返ってみよう。あの恐ろしい体験を。
あれは、昨日のことだった。

        つづく。
Date: 2006/08/30(水)


箱根ロケ

「あっ、どうぞお通りください。ご迷惑おかけしております」

箱根Pホテル。本館と新館をつなぐエントランス。
2時間ドラマの撮影が行われている。

本来なら、湖と山なみが見える表で撮りたいところだ。
しかし雨が激しく降ってるために、やむなく屋根のある
場所で撮らざるおえない。監督は泣いている。

 シーンNO76
刑事役の俺がトランシーバー片手に部下達に指示している。
周りには部下の刑事や警官達が数十名。
配置につきリハーサルを繰り返している。

ホテルには、勿論、一般の方々も泊まっている。
夏休みに入っているので、子供連れも多い。
撮影している通路に、そういった方々が結構通る。
雨で外に出られないので、館内をうろつくことになる。

「新館の先にショッピング・アーケイドがあるぞ」
「パン工房で、ふらのメロンパン買おうよ」
「あたし、ソフトクリーム食べたい」
「湖に面した露天風呂があるって、行ってみようよ」
「Tシャツ買いにいかへん。バーゲン中やて」
うきうき気分で部屋を出る。

そこへ出くわしたのが撮影隊だ。

「すいません。まもなく本番ですので・・・しばらくお待ちください」
通路には、観光客とは程遠い姿のカメラマンと助手。
ライトをあてる照明チーム。長いさおを持った録音チーム。
カチンコを打つ助監督。床に這うコード。
そして出演者達が、本番体勢に入って位置についている。

「なにやってんの」
「撮影だって」
「えー、誰がでてんの」
「あれ、あそこに立ってんの、ほら白い巨塔の・・・」
「あー、あのにくたらしい役が似合う・・・」
「お静かに願います。・・・本番行きます。よーい」
     (静寂)
「スタート」
 カチン。(カチンコの音)

多摩川警部 「犯行予告時間まであと五分。各自位置に着けぇ」
イヤホーンから聞こえる声に
多摩川警部 「何ぃー、停電だとぉ。くそぅ、大至急復旧させろ」
   怒鳴りながら廊下に走る多摩川警部
 注)多摩川役は 伊武雅刀

「カアアアット・・・OK」

「ご協力ありがとうございました。どうぞお通りください」
騒然とした現場の中をこそこそ歩く宿泊客の皆さん。
さすが、Pホテルの客だ。おとなしく協力してくれる。
協力してくれない場合もある。

横浜の黄金町や、大阪の通天閣付近では、酔客に怒鳴られた。
・ ・・馬鹿やろう、ここは天下のおおらいだー。
・ ・・なんやてぇ、わいがどこ歩こうとわいに勝手やでぇ。

新宿西口公園では、ベンチの路上生活の方が移動するまで
20分じーっと待っていた。
電車内の座席にいたおじいさんは、どんなに頼んでも
頑として席を立とうとしなかった。
しかし、大抵の場合、実に協力的である。
撮影する側も、申し訳なく思っている。

セットを組んでやれれば、こんなことで苦労しない。
ハリウッド映画ならオール・セットで撮れるだろう。
日本のドラマは、かなり予算が厳しい。ロケが多くなる。
楽しいバカンスの邪魔をして心苦しい。大枚はたいて
体と心をやすめに来ているのに・・・。
迷惑をおかけして、そのうえギャラまで頂いて・・・。
「どうぞお通り下さい。御迷惑おかけしております」

めしおし(食事時間になったのだが、シーンを撮り終わるまで
我慢して、時間を押して撮影する事)で、その現場が終わり
弁当が配られる。

昼の弁当。空けてみると、
冷たくなったカレーが、冷たくなった御飯とともに
発泡スチロールの四角い箱の中に入っている。仕方なく
もそもそと腹におさめる。
「再開2時40分でお願いします」
助監督の声が無情に響く。なんだよ、後20分しかねぇだろう。

俺は知っている。
新館の廊下を真っ直ぐ歩いていくと、パン工房の隣に
カレー専門店があって、
森のきのこカレーや、スペシャル・チキンカレーがあるのを。

そして、そこには
美味しそうにホカホカのカレーを頬張っている
Pホテル一般宿泊観光客の姿があるのを。
Date: 2006/08/21(月)


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