徳島にて その2

徳島県阿南市

四国最東端に位置する椿泊という小さな漁村。
海岸沿いに細い道路を挟んで、漁師たちの家が
軒を連ねている。

どのくらい細い道路かというと、
1000CCクラスの車でしか入り込めない。
一度、県外から来たマーク2が
「ありゃー、どうやって出たんやろう」
と、地元で何年も話題になってるくらいの細い道だ。


しかし、眼の前に広がる海は、魚介類の宝庫だ。
マネージャーのYは、こう言って俺をこの地に送り込んだ。
「すごいとこらしいっすよ。あわび、さざえ、海潜ったら、
もう獲り放題」

この地に来て、一週間以上経つというのに、あわび・さざえは
何処にいる。
自分で潜って獲った小さな巻貝しか口にしていないぞ俺は。


撮影がオフの日。
役作りのヒントになればと、阿南市内のホテルから30分の
ロケ現場、椿泊に撮影隊に便乗してやって来た。
今回の映画のロケでお世話になっている、市役所の山下君に
聞いてみた。

「あのさぁ、誰か漁師さんで、話してもらえる人いないかなぁ」
「わかりましたっ」
誰が見ても、市役所職員からかけ離れた風貌の、
巨漢・好人物・阿波踊り名人、山下くんは、暫くして
三人の漁師を連れてきた。

「イブさん、酒は飲むんかい」
赤銅色の顔をした漁師が、俺を見ながら話しかけてきた。
「あっ、はあ、ぼちぼち」

外は暑いやろう。と、ぶらぶら歩いて一人の漁師の家に
上がりこむ。
テーブルの周りにあぐらをかいて、柱時計をみれば
AM10時32分。
小鉢に入ったちりめんじゃこがおかれる。

「イブさんは、こんなん飲まんやろう」
と言いつつ差し出された発泡酒。まずは、乾杯。
プッハー。冷たい液体が、すきっ腹を刺激する。

そこで聞いた話。
朝4時に船を出して、10時前にはあがる。
今の時期はじゃこが最盛期。
いろんな漁師がいる。

鱧が狙いの者は、夕方から漁に出る。定置網の者は
午前遅くに出る。
あまもいる。素もぐりでアワビやサザエを狙う。
男のあま。海師と書く。
おんなの海女(あま)しか知らなかった。重労働らしい。
「うらやましいよなぁ、東京じゃあ、その日に獲れた魚は
食えないもんね」
「いさき、あったな。持ってくっか、食うかい」
「おっ、うれしいなあ」

一人の漁師が出て行った。やがて30センチ級のいさきを
持って戻る。捌いて刺身にしたいさきがドンと出る。
こりこりしている。身のしまりが違う。
一流のすし屋も負ける鮮度抜群さ。
「芋焼酎、ない?」
酒も手伝って、だんだん図々しくなる。
徳島名産のさつま金時で造った、やや甘めだが
香りのいい焼酎。
いさきの歯ごたえを楽しみ、心地よい酔いが舌を饒舌にする。

そのうち、他の漁師が集まってくる。
そのたびに獲物を持ってくるので
俺の前に、次々に海の幸が並ぶ。
獲れたてのエビの塩茹で。
鱧の湯引き。
たこが、その場で茹でられて出る。
2時間は飲んでいる。
話に花が咲き、漁師の四方山話が滅法おもしろい。
そこへ、あわび獲りの名人が、漁からあがってきて
座に加わった。

でたぁぁぁー。
夢にまで見た あわび そして さざえ。
生きてる。動いてる。似ている。わはははは。
【上部写真参照】

うっ、旨いいいいいい。

俺の雄たけびに、さかなはいっさい食べずに、
ひたすら飲みつづける漁師たちが盛り上がる。
さらに、仕上げに茶碗に軽くご飯を盛り
そのうえに、たっぷり置かれた 獲れたてのウニ。
うまれて初めてだ。こんなあまりに美味しい豪華な経験は。
まさに 海の幸の満願全席。


獲れたての魚貝類を味わえる幸福。
都会に生きる者として
海や山に生きる人々に、私は嫉妬する。

ひとつ自慢出来るとすれば
美味しい西洋料理は都会に在り。
だって、ロケで出てきた昼飯のハヤシライス。
あれ、めっちゃくちゃ不味かったもん。
Date: 2006/07/21(金)


徳島にて その1

今回の映画のロケは、徳島県阿南市椿泊。

初めての徳島。阿波踊りの徳島。鳴門のうずしおの徳島。

四国巡礼八十八寺の一番札所・霊山寺のある徳島。
ぐらいしか知らなかった徳島。

出発前に、マネージャーのYが言った。
「相当いい所らしいですよ。なんか、眼の前の海にあわび、
さざえがごろごろいるらしいっすよ。最高じゃないですか」

なのに、こっちにきて一週間になるが、
あわび・さざえは口に入れていない。

地元の巨大スーパーに行っても、売っていない。
ロケの滞在先のホテルから海まで、歩いて40分。
がっかりだ。そーいうもんだよ。

ここで獲れたあわび・さざえは関西の料亭・寿司・割烹に
行っちゃうんだよ。

関西、特に京都人の大好物の鱧のほとんどが、
ここから出荷されると聞いた。

八丈島に行った時もそうだった。
「八丈とくれば、かつおだね。沖でばんばん釣れるからね」
なのに、八丈島で獲れたかつおは、いったん築地魚市場に
出荷され、そこから仕入れたUターンかつおしか売ってなかった。


鱧といえば、この辺りでしか食べられない絶品の料理があった。
鱧の皮を、竹に巻いて焼いた「竹ちくわ」
     

これは、美味い。
歯ごたえ良し、上品なあぶらがジューシー。

「魚がし」の大将が焼いてくれたそれは、思わず仰け反り、
椅子から立ち上がれない旨さだった。


さて、あわび・さざえだ。
売ってないなら、自分で手に入れるしかない。


行きましたよ海。入りましたよ、シュノーケルつけて。


もぐった途端、あたり一面コンブの林。
大量のコンブが海中にゆれている。
そいつを掻き分けながら、獲物を探す。

ない。
どこにもいない。

小さな岩をひっくり返すと裏に2センチほどの
巻き貝がへばりついている。急遽、あわび・さざえは諦めて
そいつらを50粒ほどかき集め、水着の中に納めて、
陸へ上がる。

あとで聞いて分かったこと。 
コンブだと思ってたのは「あらめ」という海草。
あわび君たちは「あらめ」が大好物。
昼間は、海中10メートルの岩場のすき間でジィーっとしているあわび君が夜になると這い出してきて「あらめ」に取りつく。

「だからよう、獲りたいんじゃったら夜中に懐中電灯持って潜れば、びっしり「あらめ」にへばりついとるんや。わしらは、そんな漁はせんやがのう」

ホテルに帰り、茹でて食べた。
磯の香りが美味しい貝だったが、身は1センチほどで、
満足感はない。
眼の前にありながら、食えない。あわび・さざえ。
     

あわび、さざえを絶対に喰う。それまでは帰れない。
俺の野望は、果たせるのだろうか?
               

続く。
Date: 2006/07/09(日)


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